汎アジア主義の時代:アジアの不戦共同体化の為に, 2014/10/7
本書は、本年5月31日に那覇に於いて東アジア共同体の琉球・沖縄センター開設記念シンポジウムでの諸氏の講演録です。
第一章「沖縄を平和の要石に」では、歴代首相の中で日本で唯一の勇気ある対米独立派である鳩山さんは、東アジアの平和の為の要石としての沖縄(琉球)を主張されています。沖縄は、今では米帝国主義のアジアに於ける軍事的要石です。曾ての琉球王国は、アジアにおいて諸国の中継点をなし、多角的な独自外交を推進していた平和国家です。その地域的役割は、東アジアの地域的統合に於いて再び止揚され、大アジア主義(汎アジア主義)の世紀の平和的発展の要石として、その中心になることが展望されています。また、鳩山さんは友愛精神が不足しているのは安倍など日本の指導層の側であるとして、日中関係の現状に対して以下の分析を加えています。
鳩山さん:・・・安倍総理の昨今の方向性が、中国は危ないから戦う準備を怠るなと、日本の方から中国に喧嘩を仕掛けている様に思えてなりません。中国としても、日本がこのように厳しい対応をするならこちらも、という思いで、お互いに売られた喧嘩は買おうではないか、という一触即発的な状況になりつつある事は大変心配です。私は武力の行使で真の平和を、すなわち問題の根本的な解決をすることは決してできない、そう確信しております。(9ぺージ)
東アジア共同体が日中台韓北菲などの間で創設され、軍事に限定されない多角的安全保障体制に成り、領土問題では資源の共同開発などで戦争を回避し、沖縄も二重差別の構造から脱却し、日本も対米隷属から脱却して自主防衛、自主独立を達成するというのが一読者である私がこの東アジア共同体に期待している方向性です。ただし明らかなのは、まずこれらの問題が解決されて行く上で東アジア共同体のような平和的連合が同時に形成されていくということです。そのために、何を為すべきかを考察する上で、本書を購読しました。
第二章「東アジア共同体の中で琉球沖縄を考える」では、進藤さんはまず、現在の世界の生産物の三分の二以上がアジアで生産され、アジアが世界最大の市場であり、アジアを介して世界へ流通しているというアジア力の世紀を定義されています。なんとこの章では、かの1947年9月19日に当時の裕仁の御用掛けであった寺崎英成が、シーボルト国務省日本代表に、沖縄の長期軍事占領と恒久的基地化と引き換えに天皇免罪を取引した天皇メッセージが伝えられていたという史実が改めて立証されています。
寺崎英成:天皇が述べるに、米国が、沖縄をはじめ琉球の他の諸島を軍事占領し続けることを希望する。その占領は、米国の利益に成るし、日本を共産主義から守ることにもなる。(中略)天皇がさらに思うに、米国に依る沖縄の軍事占領は、日本に主権を残存させた形で、長期のー25年から50年、ないし、それ以上のー貸与をするという擬制の上になされるべきである。天皇に依れば、この占領方式は、米国が琉球列島に恒久的意図をもたないことを日本国民に納得させる事になるだろうし、他の諸国、特にソ連や中国が同様の権利を要求するのを指し止めることになるだろう。(17-18ページ)
そして、シーボルトは国務長官マーシャル宛の極秘電文で天皇メッセージをこう精確に分析した。
シーボルト:これは疑いもなく、私益からでたものである。(18ページ)
つまり、このような天皇を戦犯として極東裁判で裁き、処刑される運命から免れる為に、裕仁は沖縄の長期軍事占領を米国に交渉手段として差し出していたのであり、憲法が禁じている天皇の国事行為であり、重大な裕仁の憲法違反です。そして、1948年から本土から大林組と間組が沖縄の米軍基地建設へと着手していた事も論証されています。また、裕仁が展開した潜在主権論は、主権放棄の法的な擬制です。そして、日本の再軍拡化の先駆けとなった逆コースは、天皇メッセージの年にそれを契機に始まっています。その流れで、沖縄の基地化がなされているのです。
九条と沖縄基地化は矛盾した政策であり、民主化の産物と逆コースの産物の矛盾であり、両者はワンセットではないことも立証されています。沖縄の基地化は、天皇メッセージを契機とする逆コースと一体なのです。日本は、今日まで逆コースを辿ってきたのです。安倍も今その逆コースを深化させているのです。
また、ここでは地域主義の本義が理解できます。進藤さんの以下のテーゼに簡潔に表出されています。
進藤さん:グローバル化が地域のリスクを作り、そのリスクに対処する為の共通の地域協力の制度化が求められ、進められていく仕組みです。(35ページ)
これこそ東アジア共同体を含めた地域的な制度的統合の本義です。
課題は、本当に地域間格差が巨大でいびつで不均衡なアジア諸国で、均質的なEUのような地域連合が無事に結成可能かということです。これは、情報革命や都市型中流階級文化の浸透、アジア経済の一体化が進む中でも未だ深刻に横たわる障壁です。
第三章「訪米で見えてきた普天間移設の課題」では、稲嶺さんは今年五月の新外交イニシアティブがコーディネートした訪米での成果を紹介しています。稲嶺さんは、47件の日程をこなされたそうですが、国防総省の職員には会えなかったそうです。51ページにあるように、手続き的に進んでいるようでも、沖縄での膠着した状態は全く変わっていないこと、基地建設自体がそもそも沖縄の民意に反する旨を伝えて来られたそうです。結論は以下のお言葉に表されています。
稲嶺さん:ただいずれにしても、辺野古への移設はそのまま続けるべきだ、絶対に必要だ、と言う人はほとんどいません。(52ページ)
第四章「安倍政権下で何が起こっているのか」では、高野さんは集団的自衛権の行使は、あくまで軍事同盟国間だけで有効で、集団安全保障とは別であるという貴重な論点を提供しています。それは、共同体の域内のルール違反に共同対処するという協調的な安全保障だと言います。高野さんは、さらに東アジア共同体の東アジア安全保障共同体の機能について平易に説明しています。
高野さん:有事が起こってから日本が自衛隊を行かせてくれと言っても、アジアに断られるに決まっています。アジア共同警察軍のような枠組みがあれば、それに自衛隊が参加しても日の丸を掲げて日本の国益の為に海外に出て行くわけではないので、「国権の行使としての戦争」には当たらないから「侵略」にはならない。(66ページ)
今年の集団的自衛権批判本では、このような傑出した論点がありませんでした。皆、実は集団的自衛権と集団安全保障体制を混同していますから。この二つは、ご覧の様に似て非なるものです。日本の軍事同盟国は米国だけですから、その傭兵に成る為の集団的自衛権です。
さらに、2010年5月に北京で第三回日中安全保障問題研究会が開催され、中国側が中国国防識別権が日本側と重複しているから不測の事態を想定したルール作りを提案したのに、日本が拒否したことが、中国側の一方的な防衛識別圏設定を招いたことが指摘されています。
第五章「集団的自衛権の狙い 」では、孫崎さんは、先の幾つかの著書で既に披露された論点を総括されています。重複を全て避けると中でもここで秀逸なのは、以下のテーゼです。
孫崎さん:普通政府に対しての反対運動というのは、政府と一線を画しています。(73ページ)
これは、今東アジアで起きているデモ運動の本質(例えば、アラブの春はランド研究所や国務省やグーグルの支援で起こされたし、ひまわり運動も官製デモ運動の側面ももっていた)を見抜く上でも極めて重要です。今では、デモも民衆洗脳や、特定の貿易協定への抗議を避ける為に他の協定への抗議を組織するなど、デモ運動=民主主義的な運動とは限らないからです。体制内の権力闘争に過ぎないならば、官製の側面も有しているはずです。そのような反対運動は、虚偽です。しかも、同時に幾つもの秘められた政治的目的を有しているものです。
本書は全日本国民必読の書です。
出典元:
中西良太 / Ryota Nakanishi "Amazon Top #500 Reviewer 2014, 2013です。 憲法、消費税、TPP、基地問題、原発、労働問題、マスゴミと前近代的司法が日本の最重要問題です!"さんが書き込んだレビュー (万国の労働者階級団結せよ!民主主義にタブーなし!在日外国人への差別を止めよう!)