福祉国家ドイツのような高コストでも高付加価値創造を目指す経営戦略と真逆なコスト削減しか能のない安倍的経営の悲惨,2014/10/3
レビュー対象商品: 国家の暴走 安倍政権の世論操作術 (角川oneテーマ21) (新書)
日本の論壇では、官僚経験者の方が書かれた政治本が一番内容がある。
大卒後に経産省に入省された古賀さんは、まず序章で有識者会議を隠れ蓑にして、自分の考えを強引に押し通している安倍政権を支えているスタッフの主軸が原発推進派の経産省官僚達であると指摘する。(6ページ、11ページ参照)また、予算バラマキに拘泥する財務省や湾岸戦争以来の念願の集団的自衛権行使に漕ぎ着けた外務省官僚が独裁者安倍の脇を固めている。そこで古賀さんは、彼らは米国の代弁者であると正しく指摘している。(13ページ)中でも中心プレイヤーは、菅官房長官で、領収書の要らない官房機密費がマスゴミ工作や地方議員買収に流用されている。
古賀さんは、安倍が米国に次ぐ世界の列強国(帝国主義国)日本へと変えようとしている本質をこう表現している。
古賀さん:……列強国になるとは「戦争ができる国」になることではない。「戦争と縁の切れない国」、「戦争なしには生きられない国」になってしまうことだ。(9-10ページ)
本書で古賀さんが分析しているのは一言で言うと、安倍が目指している列強になるための13本の矢である。
中でも不気味なのは、先の武器輸出三原則廃止で、国内の軍需産業が各国で武器輸出攻勢を強めていることである。また、主権者国民が無視できないのは、多くの国民が本来のリベラル派が守旧/反動派で、安倍のような大日本帝国復元を対米隷属に依って達しようとする反動派が革新派だとメディアに洗脳されていることである。
本書の中心思想は、古賀さんの以下のお言葉に最もよく簡明に概括されている。
古賀さん:今の日本には、軍事力を強化している余裕などない。むしろ、いかにして、そうした国民生活の向上につながらない出費を抑えて、社会保障や子育て支援など国民生活のための予算を確保するのかという議論が必要になっているのが、今の日本の財政の状況だ。それを可能にするには、既得権と戦い、真の弱者に陽を当てる、国民のための成長戦略を実行しなければならない。つまり、戦う相手は中国でも中東のどこかの国でもない。国内に巣食う、既得権者達との戦いこそ、今すぐに取りかかるべき課題だ。(35ページ)
第一章 「軍事立国」への暴走
いきなり、国民が知らないこれまでの常識が明らかになる。何と、今年の4月以前のこれまで日本では、閣議や閣議懇談会の議事録作成に関する明文規定がなく、閣議等の議事録作成がなかったというのは異常な秘密主義であり、明らかな官僚独裁の表徴であり、ヤバすぎです。ちなみに、日本政府の会議は全部で172もある。
この章でも古賀さんの分析は秀逸極まりない。安倍の軍事力強化は、自衛というよりも自国の価値観や利益を積極的に拡大していく為の軍事力である。(65ページ)
第二章 戦争をするための「13本の矢」
まずは、特定秘密保護法で四大臣だけで秘密裏に武力行使できる日本版NSCが語られる。米国に依る情報の真贋に関する国民的な審議もなしに、秘密裏に戦争参加が推進されてしまう。これは、愛国ではない。
この章では、特定秘密法に関して2014年6月成立の情報監視審査会が、その特定秘密指定解除の勧告が強制力ではないと精確に批判されている。なお、特定秘密保護法は、情報公開法と公文書管理法とセットで論議するべきことを著者は説く。
さらに、武器輸出三原則廃止に関連して、古賀さんは、対米従属国カタールを介して、米国が反アサド勢力であるアルカイダ系のスンニ派武装勢力、かのイスラム国に米国の武器が流入していることを鋭利に分析されている。しかも、それが今度はイラクで、その対米従属政権であるマリキ政権を崩壊させたが、米国はどちらの側にも武器も軍事訓練も供与してきたのである。(79-80ページ)しかも、そうしておいて先日は、イスラム国を理由に頓挫したシリア空爆を行っている始末である。帝国主義のプラグマティズム丸出しである。しかも、安倍はそんなカタールに、今度はミサイル部品を輸出する事を閣議で決めた。安倍は既に死の商人と化している。政府が企業のセールスマンだという誤謬は、地方政府の首長にも蔓延している。
古賀さんは、米国が日本を下請けとして原発と同様に、武器面でも共同開発国日本を介して、アジアや中東に武器輸出をする利権の構図を把握されており、2013年の5月の強欲経団連は防衛計画の大綱に向けた提言で、日本の軍需産業の振興策を説いている。武器輸出三原則廃止が、日本の軍事国家化をもたらす危険性に関して、古賀さんは誰よりも明晰で思慮深い。軍需産業拡大が、日本社会をどう変形させてしまうのか?
古賀さん:日本では、ゼネコンが強いために公共事業を削減できず、農協が強い為に農業補助金を削除できない。これと同様に軍事産業が大きな力を持てば、日本は軍事費を削減できなくなる。(83ページ)
こうして戦争がなければ経済が成り立たなくなる米国のような国家へと産業構造が変化してしまう。
安倍に依る種々の問題法制に関して、審議時間を短縮する魔法の三セットがるという。一つは、束ね法といい共通政策の為に複数法改正を一括法にしてしまう。もう一つは、安全保障大臣の設置だと言う。なぜなら、国会の各委員会の法案審議では、その法律の担当大臣が出席するのが慣行だからであり、そこで、大臣を一人に集約してしまえば便利である。三つ目は、特別委員会を設けて、関連法案審議を行う各省庁の委員会を排し、円滑に審議を行う手法である。どれも、民主主義の否定であり、簡素化という美名に惑わされてはならない。
中道右派を標榜する日本版CIA創設を説く日和見的な陰謀論者がいるが、日本版CIA創設の論議を展開しているのは、自民党である。この事へ古賀さんが注意を喚起してくれている。
ここでは、安倍政権が画策している看過できない謀略に、年間8千億円を超えるODAの軍事転用がある。安倍は、日本の武器輸出を増進させるためのODA援助を行うという最悪の虚偽に満ちた国際支援を行おうとしている。
また、若年世代として看過できないのが、大切な憲法9条と16条を改悪して成立する徴兵制であり、それは上告不能の軍法会議設置や憲法改悪で義務化される常備軍設置に付随し、徴兵制拒否は刑事罰を招来する。安倍と天皇制軍国主義一派は、少子化を福祉政策で乗り越えようとせず、人権制限の法的強制でカバーしようとしている。
13本の矢の最後になるのが、世界を仕切る為の核兵器所有であり、安倍はこれを目指している。日本は、覇権国、列強国、つまり帝国主義国になる選択をするべきではない。帝国主義廃絶と不可分の核廃絶こそ日本が世界の真の盟主になれる道である。
第三章 本当の「積極的平和主義」とは
まずイラク戦争の原因は、イラク人技術者がドイツに流した嘘であり、イラクに生物化学兵器工場があるというものだった。なんと、CIAはドイツBNDから虚報であることを知らされた上で、虚偽に依って米国を戦争へ導いたことを忘れては行けない。 CIAは、戦争の為の情報を集めている組織である。それを小泉は官邸に怪しげな軍事情報を売りに来た輩の情報を真に受け無批判に米国に追随したのは事実であり、対米従属が過去のものなどにはなっていない。何と、古賀さんによれば小泉は拘束された日本人人質の居場所に関する情報を怪しげな情報源から無批判に購入し、米軍に危険な人質救出作戦を懇願する発言をした。(140ページ)しかも、それはガセネタだった。
ここでは、アフリカで米軍の代理で行動する為の集団的自衛権行使が、日本が戦後70年をかけて築いた日本の平和ブランドを破壊し尽くす危険性に就いて、古賀さんの秀逸なお言葉が印象に残った。
古賀さん:日本が米国と一緒に海外へ出ていって人を殺すような事をすれば、戦後70年間で築きあげてきた国際的信頼、「日本の平和ブランド」を、一瞬で失うことになる。当然、日本にも米国と同じ色が着き、その戦いの正義がどちらにあるかに関わらず、日本は必ず多くの敵を作ってしまう。(162ページ)
第四章 アベノミクスの限界
貿易収支が黒字か赤字かと成長は直接関係ないという論を古賀さんは、15年以上も日本より高い成長率を遂げ、日本よりも長期貿易経常赤字に苦しむ米英を事例にして展開している。まず、日本国民の一般的な誤認は円安で、国内生産力がただそれだけで抽象的に増大するという観念論である。現在は、海外市場で販売するものは現地生産体制が主流であり、国内の円安は影響がない。また、2013年度も日本はアベノミクスで貿易赤字が円安でも輸出不振の為に拡大している。円安による生産力増大などは、関税撤廃に依る生産力増大の幻想と同様である。
公共事業バラマキが最も深刻な建設業は、増収でも減益という供給能力の限界に来ている事が分かる。さらに、鹿島建設のような大手ゼネコンは同じ金額で多く工事を発注しようとして、結果として建設されるものが少なくなる。古賀さんは、実質経済成長率は、使ったお金ではなく、できたもので計ると正しく指摘している。(167ページ)
此処で最も秀逸で傑出した分析が、以下のテーゼある。
古賀さん:最も深刻なのは、民間の設備投資が建設コスト高騰のあおりで抑制され、将来の成長の根を摘んでしまっていることだ。(167ページ)
つまり、公共事業のバブルを崩し、建設コストを下げれば、民間投資は増大するというのが正解なのである。これと真逆のことをしていて民間投資を抑制しているのに、成長戦略だと喧伝する安倍の政策は狂気の沙汰である。
それに付け加えて深刻なのが、法人税減税であるが、元々日本の7割の企業は赤字で法人税は未納になっていた事実は多くの国民は知らない。12年度でも全国270万社の内、200万社も法人税を納税していない。しかも赤字でも最長9年間も減税の優遇措置が計られるので法人税が幾つでも関係なかったという分析も正鵠を射ている。また、法人税減税も賃金削減と同様に資本家利潤をその分増大させる。さらに、企業への粗特更新が族議員と官僚の天下り利権の維持強化に利用されている構図も無視できない。そして、厚生年金と国民年金の積立金を運用する独立行政法人GPIFは、国債だけでなく、一般株式への投資率を1%増やすという。今の日本株式市場は官製相場なのである。
他には、農協のゾーニング規制撤廃の形骸化、転作補助金に依る減反政策強化による低付加価値の飼料用米の増加や配偶者控除の廃止などもネオリベラルな政策であるアベノミクスの問題点である。
第五章 間違いだらけの雇用政策
まず古賀さんのテーゼが洞察力に富んでいる。日本の労働観は、国際的にいびつであり、自己実現の場を職場だという洗脳がその日本型雇用システムの黎明期である日露戦争の時代からなされてきた。この異常事態が日本では疑われもしない常態になってしまっている。労働は元来奴隷労働であり、苦役だったのである。それは、資本主義の資本創出の運動の契機、環に過ぎないという位置づけなのである。
古賀さん:特に、自己実現の場が職場にしかないという国は、先進諸国にはないといってよいだろう。(194ページ)
今では、資本の運動から自由になれる社会活動の場こそが、自己実現の場であるとして日本のインテリ達は推奨している。そして、やはりネオリベラリズムでアトム化した個人が中間団体の不在の為に企業と国家の間で埋没している構図は日本の闇である。これが今の日本である。
古賀さんの指摘するように、日本の様に働く事は何でも無分別によいということではなく、働く事はコストという先進諸国の考え方は労働者自身を守ることに繋がる。
古賀さんの日本社会の分析は、そのまま日本の労働者達の社会的常態の分析でもある。
古賀さん:欧米と日本の最大の違いは何かと問われれば、私は社会の公的な活動における個人の役割の大きさだと答えている。(中略)日本社会は、公的な活動はすべて「官」がやり、「官」に対する「民」は企業しかない状態だ。つまり、「個人」が役所と企業の間に埋没している。ここが他の先進諸国との違いで、非常に歪んだ社会である。(中略)働く時間を少なくして、企業に埋没していた「個人」がいろいろな社会活動をするようになれば、個人が支える様々な活動が活発になり、役所ばかりが幅をきかせるのではなく、民間の様々な団体などが役所との関係で、時には緊張感をもち、時には協力し合って、公的な活動で中心的な役割を果たす事ができる。(197ページ)
日本の資本家達がしているのは、もっぱら労働者間の競争を激化させ、中国や東南アジアの労働賃金水準に立脚する企業との国際競争で、一方的な賃金引き下げを行い、それが中国の賃金と日本の賃金が同一水準にまで零落しない限り歯止めがかからないことを古賀さんが分析されている。非正規の増加の原因はここにもあり、非正規化はネオリベラリズムの現象である。なお、毎月勤労統計を見れば、トリクルダウンや賃上げが偽りで、全体として賃金は減少傾向のままであるという真実を誰でも明確に理解できる。
ここで、看過できないのは、日本の外国人労働者達の多くが現地ブローカーによる人身売買的な手段で日本で労働させられているということ。これを国務省が外国人技能実習制度などを槍玉に挙げて批判してくれている。
日本企業は、労働者の生活水準を引き下げて互いに競争させるコストカット一点張りで、創造性のない単なるコスト競争しかしていない。日本は、過去20年以上もそのようなコスト競争を継続しているのである。古賀さんの分析はここでも群を抜いている。
古賀さん:グーグルやアマゾンやアップルのようにまったく新たなビジネスモデルを考える能力がない経営者ばかりだから、結局、今あるまったく独創性のないビジネスで競争するため、途上国にすぐに追いつかれ、労働者にコストカットのために生活を切り下げる事だけを押し付けてきた。(202ページ)
解決策の中心思想となるのは、古賀さんの以下の命題です。
古賀さん:労働のコストは高いのだから無駄な仕事はさせてはいけない、という意識が企業に高まれば、いかにして高いコストでもペイする事業にしていくかを考える様になる。(201ページ)
格差拡大の大きな矛盾を今年もたらしたものは、大増税だけでなく、今年の4月から公務員給与が正社員に合わせて7.8%も引き上げられたことであり、倒産企業の給与率や、非正規を抜きにして、大手大企業の正社員の月給に合わせて増額したのであり、巨大な官民格差を放置しての増額は不当である。
職業訓練や、職業紹介事業の大規模な民営化で無用なハローワークなどを解体していくのは民営化の正しい方向である事も理解できる。
余談だが、中小企業の世襲は、交際費の損金算入が認められるなど一般に知られていない優遇処置が施されている。資本の側への過保護が実は依然として続いているのであり、労働への生活条件の切り下げ競争だけが激化している。
第六章 日本再興への提言
ここでは古賀さんのアベノミクス批判も込めた経営論が最も印象に残った。
古賀さん:ドイツでは、為替の影響をあまり受けないような、付加価値の高い商品やサービスの創出に注力している。同じ自動車でも、ベンツやBMWは日本車よりもかなり高い値段で売れる。最初から安い値段でシェアを取ろうという発想ではなく、他者より高く売れる付加価値の高い高級車を売る。同じ労働時間で大きく儲ける発想だ。そこで生まれたブランドを使って、今度は小型車でも高い値段で車を売る。日本もそういう段階を目指すべきなのに、いまだに円安に頼って価格競争をしようという発想から抜けていない。アベノミクスによる円安でこんなに日本中がフィーバーしているのは、日本の企業が如何に価格競争だけをしてきたかの証左であろう。(235ページ)
このような単なる価格競争一点張りで、労働者の生活条件を切り下げ、労働者に競争を強いているだけのガラパゴス的な日本型経営は、あらゆる日本の産業に於いて労働者階級に深刻な弊害をもたらしている元凶である。
本書は、全日本国民必読の書です。
大卒後に経産省に入省された古賀さんは、まず序章で有識者会議を隠れ蓑にして、自分の考えを強引に押し通している安倍政権を支えているスタッフの主軸が原発推進派の経産省官僚達であると指摘する。(6ページ、11ページ参照)また、予算バラマキに拘泥する財務省や湾岸戦争以来の念願の集団的自衛権行使に漕ぎ着けた外務省官僚が独裁者安倍の脇を固めている。そこで古賀さんは、彼らは米国の代弁者であると正しく指摘している。(13ページ)中でも中心プレイヤーは、菅官房長官で、領収書の要らない官房機密費がマスゴミ工作や地方議員買収に流用されている。
古賀さんは、安倍が米国に次ぐ世界の列強国(帝国主義国)日本へと変えようとしている本質をこう表現している。
古賀さん:……列強国になるとは「戦争ができる国」になることではない。「戦争と縁の切れない国」、「戦争なしには生きられない国」になってしまうことだ。(9-10ページ)
本書で古賀さんが分析しているのは一言で言うと、安倍が目指している列強になるための13本の矢である。
中でも不気味なのは、先の武器輸出三原則廃止で、国内の軍需産業が各国で武器輸出攻勢を強めていることである。また、主権者国民が無視できないのは、多くの国民が本来のリベラル派が守旧/反動派で、安倍のような大日本帝国復元を対米隷属に依って達しようとする反動派が革新派だとメディアに洗脳されていることである。
本書の中心思想は、古賀さんの以下のお言葉に最もよく簡明に概括されている。
古賀さん:今の日本には、軍事力を強化している余裕などない。むしろ、いかにして、そうした国民生活の向上につながらない出費を抑えて、社会保障や子育て支援など国民生活のための予算を確保するのかという議論が必要になっているのが、今の日本の財政の状況だ。それを可能にするには、既得権と戦い、真の弱者に陽を当てる、国民のための成長戦略を実行しなければならない。つまり、戦う相手は中国でも中東のどこかの国でもない。国内に巣食う、既得権者達との戦いこそ、今すぐに取りかかるべき課題だ。(35ページ)
第一章 「軍事立国」への暴走
いきなり、国民が知らないこれまでの常識が明らかになる。何と、今年の4月以前のこれまで日本では、閣議や閣議懇談会の議事録作成に関する明文規定がなく、閣議等の議事録作成がなかったというのは異常な秘密主義であり、明らかな官僚独裁の表徴であり、ヤバすぎです。ちなみに、日本政府の会議は全部で172もある。
この章でも古賀さんの分析は秀逸極まりない。安倍の軍事力強化は、自衛というよりも自国の価値観や利益を積極的に拡大していく為の軍事力である。(65ページ)
第二章 戦争をするための「13本の矢」
まずは、特定秘密保護法で四大臣だけで秘密裏に武力行使できる日本版NSCが語られる。米国に依る情報の真贋に関する国民的な審議もなしに、秘密裏に戦争参加が推進されてしまう。これは、愛国ではない。
この章では、特定秘密法に関して2014年6月成立の情報監視審査会が、その特定秘密指定解除の勧告が強制力ではないと精確に批判されている。なお、特定秘密保護法は、情報公開法と公文書管理法とセットで論議するべきことを著者は説く。
さらに、武器輸出三原則廃止に関連して、古賀さんは、対米従属国カタールを介して、米国が反アサド勢力であるアルカイダ系のスンニ派武装勢力、かのイスラム国に米国の武器が流入していることを鋭利に分析されている。しかも、それが今度はイラクで、その対米従属政権であるマリキ政権を崩壊させたが、米国はどちらの側にも武器も軍事訓練も供与してきたのである。(79-80ページ)しかも、そうしておいて先日は、イスラム国を理由に頓挫したシリア空爆を行っている始末である。帝国主義のプラグマティズム丸出しである。しかも、安倍はそんなカタールに、今度はミサイル部品を輸出する事を閣議で決めた。安倍は既に死の商人と化している。政府が企業のセールスマンだという誤謬は、地方政府の首長にも蔓延している。
古賀さんは、米国が日本を下請けとして原発と同様に、武器面でも共同開発国日本を介して、アジアや中東に武器輸出をする利権の構図を把握されており、2013年の5月の強欲経団連は防衛計画の大綱に向けた提言で、日本の軍需産業の振興策を説いている。武器輸出三原則廃止が、日本の軍事国家化をもたらす危険性に関して、古賀さんは誰よりも明晰で思慮深い。軍需産業拡大が、日本社会をどう変形させてしまうのか?
古賀さん:日本では、ゼネコンが強いために公共事業を削減できず、農協が強い為に農業補助金を削除できない。これと同様に軍事産業が大きな力を持てば、日本は軍事費を削減できなくなる。(83ページ)
こうして戦争がなければ経済が成り立たなくなる米国のような国家へと産業構造が変化してしまう。
安倍に依る種々の問題法制に関して、審議時間を短縮する魔法の三セットがるという。一つは、束ね法といい共通政策の為に複数法改正を一括法にしてしまう。もう一つは、安全保障大臣の設置だと言う。なぜなら、国会の各委員会の法案審議では、その法律の担当大臣が出席するのが慣行だからであり、そこで、大臣を一人に集約してしまえば便利である。三つ目は、特別委員会を設けて、関連法案審議を行う各省庁の委員会を排し、円滑に審議を行う手法である。どれも、民主主義の否定であり、簡素化という美名に惑わされてはならない。
中道右派を標榜する日本版CIA創設を説く日和見的な陰謀論者がいるが、日本版CIA創設の論議を展開しているのは、自民党である。この事へ古賀さんが注意を喚起してくれている。
ここでは、安倍政権が画策している看過できない謀略に、年間8千億円を超えるODAの軍事転用がある。安倍は、日本の武器輸出を増進させるためのODA援助を行うという最悪の虚偽に満ちた国際支援を行おうとしている。
また、若年世代として看過できないのが、大切な憲法9条と16条を改悪して成立する徴兵制であり、それは上告不能の軍法会議設置や憲法改悪で義務化される常備軍設置に付随し、徴兵制拒否は刑事罰を招来する。安倍と天皇制軍国主義一派は、少子化を福祉政策で乗り越えようとせず、人権制限の法的強制でカバーしようとしている。
13本の矢の最後になるのが、世界を仕切る為の核兵器所有であり、安倍はこれを目指している。日本は、覇権国、列強国、つまり帝国主義国になる選択をするべきではない。帝国主義廃絶と不可分の核廃絶こそ日本が世界の真の盟主になれる道である。
第三章 本当の「積極的平和主義」とは
まずイラク戦争の原因は、イラク人技術者がドイツに流した嘘であり、イラクに生物化学兵器工場があるというものだった。なんと、CIAはドイツBNDから虚報であることを知らされた上で、虚偽に依って米国を戦争へ導いたことを忘れては行けない。 CIAは、戦争の為の情報を集めている組織である。それを小泉は官邸に怪しげな軍事情報を売りに来た輩の情報を真に受け無批判に米国に追随したのは事実であり、対米従属が過去のものなどにはなっていない。何と、古賀さんによれば小泉は拘束された日本人人質の居場所に関する情報を怪しげな情報源から無批判に購入し、米軍に危険な人質救出作戦を懇願する発言をした。(140ページ)しかも、それはガセネタだった。
ここでは、アフリカで米軍の代理で行動する為の集団的自衛権行使が、日本が戦後70年をかけて築いた日本の平和ブランドを破壊し尽くす危険性に就いて、古賀さんの秀逸なお言葉が印象に残った。
古賀さん:日本が米国と一緒に海外へ出ていって人を殺すような事をすれば、戦後70年間で築きあげてきた国際的信頼、「日本の平和ブランド」を、一瞬で失うことになる。当然、日本にも米国と同じ色が着き、その戦いの正義がどちらにあるかに関わらず、日本は必ず多くの敵を作ってしまう。(162ページ)
第四章 アベノミクスの限界
貿易収支が黒字か赤字かと成長は直接関係ないという論を古賀さんは、15年以上も日本より高い成長率を遂げ、日本よりも長期貿易経常赤字に苦しむ米英を事例にして展開している。まず、日本国民の一般的な誤認は円安で、国内生産力がただそれだけで抽象的に増大するという観念論である。現在は、海外市場で販売するものは現地生産体制が主流であり、国内の円安は影響がない。また、2013年度も日本はアベノミクスで貿易赤字が円安でも輸出不振の為に拡大している。円安による生産力増大などは、関税撤廃に依る生産力増大の幻想と同様である。
公共事業バラマキが最も深刻な建設業は、増収でも減益という供給能力の限界に来ている事が分かる。さらに、鹿島建設のような大手ゼネコンは同じ金額で多く工事を発注しようとして、結果として建設されるものが少なくなる。古賀さんは、実質経済成長率は、使ったお金ではなく、できたもので計ると正しく指摘している。(167ページ)
此処で最も秀逸で傑出した分析が、以下のテーゼある。
古賀さん:最も深刻なのは、民間の設備投資が建設コスト高騰のあおりで抑制され、将来の成長の根を摘んでしまっていることだ。(167ページ)
つまり、公共事業のバブルを崩し、建設コストを下げれば、民間投資は増大するというのが正解なのである。これと真逆のことをしていて民間投資を抑制しているのに、成長戦略だと喧伝する安倍の政策は狂気の沙汰である。
それに付け加えて深刻なのが、法人税減税であるが、元々日本の7割の企業は赤字で法人税は未納になっていた事実は多くの国民は知らない。12年度でも全国270万社の内、200万社も法人税を納税していない。しかも赤字でも最長9年間も減税の優遇措置が計られるので法人税が幾つでも関係なかったという分析も正鵠を射ている。また、法人税減税も賃金削減と同様に資本家利潤をその分増大させる。さらに、企業への粗特更新が族議員と官僚の天下り利権の維持強化に利用されている構図も無視できない。そして、厚生年金と国民年金の積立金を運用する独立行政法人GPIFは、国債だけでなく、一般株式への投資率を1%増やすという。今の日本株式市場は官製相場なのである。
他には、農協のゾーニング規制撤廃の形骸化、転作補助金に依る減反政策強化による低付加価値の飼料用米の増加や配偶者控除の廃止などもネオリベラルな政策であるアベノミクスの問題点である。
第五章 間違いだらけの雇用政策
まず古賀さんのテーゼが洞察力に富んでいる。日本の労働観は、国際的にいびつであり、自己実現の場を職場だという洗脳がその日本型雇用システムの黎明期である日露戦争の時代からなされてきた。この異常事態が日本では疑われもしない常態になってしまっている。労働は元来奴隷労働であり、苦役だったのである。それは、資本主義の資本創出の運動の契機、環に過ぎないという位置づけなのである。
古賀さん:特に、自己実現の場が職場にしかないという国は、先進諸国にはないといってよいだろう。(194ページ)
今では、資本の運動から自由になれる社会活動の場こそが、自己実現の場であるとして日本のインテリ達は推奨している。そして、やはりネオリベラリズムでアトム化した個人が中間団体の不在の為に企業と国家の間で埋没している構図は日本の闇である。これが今の日本である。
古賀さんの指摘するように、日本の様に働く事は何でも無分別によいということではなく、働く事はコストという先進諸国の考え方は労働者自身を守ることに繋がる。
古賀さんの日本社会の分析は、そのまま日本の労働者達の社会的常態の分析でもある。
古賀さん:欧米と日本の最大の違いは何かと問われれば、私は社会の公的な活動における個人の役割の大きさだと答えている。(中略)日本社会は、公的な活動はすべて「官」がやり、「官」に対する「民」は企業しかない状態だ。つまり、「個人」が役所と企業の間に埋没している。ここが他の先進諸国との違いで、非常に歪んだ社会である。(中略)働く時間を少なくして、企業に埋没していた「個人」がいろいろな社会活動をするようになれば、個人が支える様々な活動が活発になり、役所ばかりが幅をきかせるのではなく、民間の様々な団体などが役所との関係で、時には緊張感をもち、時には協力し合って、公的な活動で中心的な役割を果たす事ができる。(197ページ)
日本の資本家達がしているのは、もっぱら労働者間の競争を激化させ、中国や東南アジアの労働賃金水準に立脚する企業との国際競争で、一方的な賃金引き下げを行い、それが中国の賃金と日本の賃金が同一水準にまで零落しない限り歯止めがかからないことを古賀さんが分析されている。非正規の増加の原因はここにもあり、非正規化はネオリベラリズムの現象である。なお、毎月勤労統計を見れば、トリクルダウンや賃上げが偽りで、全体として賃金は減少傾向のままであるという真実を誰でも明確に理解できる。
ここで、看過できないのは、日本の外国人労働者達の多くが現地ブローカーによる人身売買的な手段で日本で労働させられているということ。これを国務省が外国人技能実習制度などを槍玉に挙げて批判してくれている。
日本企業は、労働者の生活水準を引き下げて互いに競争させるコストカット一点張りで、創造性のない単なるコスト競争しかしていない。日本は、過去20年以上もそのようなコスト競争を継続しているのである。古賀さんの分析はここでも群を抜いている。
古賀さん:グーグルやアマゾンやアップルのようにまったく新たなビジネスモデルを考える能力がない経営者ばかりだから、結局、今あるまったく独創性のないビジネスで競争するため、途上国にすぐに追いつかれ、労働者にコストカットのために生活を切り下げる事だけを押し付けてきた。(202ページ)
解決策の中心思想となるのは、古賀さんの以下の命題です。
古賀さん:労働のコストは高いのだから無駄な仕事はさせてはいけない、という意識が企業に高まれば、いかにして高いコストでもペイする事業にしていくかを考える様になる。(201ページ)
格差拡大の大きな矛盾を今年もたらしたものは、大増税だけでなく、今年の4月から公務員給与が正社員に合わせて7.8%も引き上げられたことであり、倒産企業の給与率や、非正規を抜きにして、大手大企業の正社員の月給に合わせて増額したのであり、巨大な官民格差を放置しての増額は不当である。
職業訓練や、職業紹介事業の大規模な民営化で無用なハローワークなどを解体していくのは民営化の正しい方向である事も理解できる。
余談だが、中小企業の世襲は、交際費の損金算入が認められるなど一般に知られていない優遇処置が施されている。資本の側への過保護が実は依然として続いているのであり、労働への生活条件の切り下げ競争だけが激化している。
第六章 日本再興への提言
ここでは古賀さんのアベノミクス批判も込めた経営論が最も印象に残った。
古賀さん:ドイツでは、為替の影響をあまり受けないような、付加価値の高い商品やサービスの創出に注力している。同じ自動車でも、ベンツやBMWは日本車よりもかなり高い値段で売れる。最初から安い値段でシェアを取ろうという発想ではなく、他者より高く売れる付加価値の高い高級車を売る。同じ労働時間で大きく儲ける発想だ。そこで生まれたブランドを使って、今度は小型車でも高い値段で車を売る。日本もそういう段階を目指すべきなのに、いまだに円安に頼って価格競争をしようという発想から抜けていない。アベノミクスによる円安でこんなに日本中がフィーバーしているのは、日本の企業が如何に価格競争だけをしてきたかの証左であろう。(235ページ)
このような単なる価格競争一点張りで、労働者の生活条件を切り下げ、労働者に競争を強いているだけのガラパゴス的な日本型経営は、あらゆる日本の産業に於いて労働者階級に深刻な弊害をもたらしている元凶である。
本書は、全日本国民必読の書です。
中西良太 / Ryota Nakanishi "憲法、消費税、TPP、基地問題、原発、労働問題、マスゴミと前近代的司法が日本の最重要問題です!"さんが書き込んだレビュー (地球国地球省地球県地球市地球町地球村です)
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