農業分野のTPP肯定論と反対論の分析:TPPは農業の処方箋?TPPと日本の農業改革問題は元来別個である, 2014/2/25 中西良太さんのアマゾンレビューより
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This review is from: TPPと食料安保――韓米FTAから考える (単行本(ソフトカバー))
本書は、一見TPP肯定論と否定論の折衷主義、日和見主義的な構成となっており、論議の一貫性が全体として欠如し、不満足である。しかし、ここでは日本のTPP推進論の代表的な聖域論(五品目は586品目であり、全てを守るのでは交渉不可という論理)と、反対論(TPPは日本と米国のFTAに過ぎない不平等条約という論理)両者が折衷主義、日和見主義的な動揺の中で考察されるが、幾つかの貴重な論点と情報を提供する場となっている。本書が提供する最重要な論点は、元来TPPと日本の農業改革という課題は別々の問題であり、TPP推進論はこれら本来別々の問題、しかもTPPが後者の処方箋どころか甚だしい売国、亡国の不平等条約であるのに、両者を結合して詭弁を弄する点をそのプロパガンダの秘密にしている。農業問題の処方箋としてのTPPというのは虚偽である。それが、TPP推進論という詐欺の本質である。
評者は筆者が善意で、尚かつ利害関係から本書の日和見主義的な構成を試みているとあえて解釈し、TPPを全面的に考察する機会にする意義を肯定する。以下は、本書の幾つかの秀逸且つ政治的に意義のある貴重な論点である。
1)聖域五品目とは、日本の総輸入品目9018品目中の合計929品目を具体的に指す事。
2)日本の米の関税全廃を要求しているのは米国であり、米国はガットの初期にウェーバー品目として、自由化免除の品目が幾つかあり、それらは戦後1954年以来今も酪農製品、砂糖、落花生などの競争力のない品目を特権的に保護し、輸入制限を継続している。しかし、日本へはTPPで関税全廃を要求しており明らかに不平等であり、自己中帝国主義である。
3)CIAの傀儡政党である自民党の公約とJファイルの性格の違い。建前である公約では国益の為と称して尚かつ抽象的に言い逃れできるようにし、Jファイルでは具体的に規定しておくという不誠実さへの指摘。
4)日本にとって最大の国益はTPPではなく、食料の安定供給という正論。
5)TPPでは、米国政府交渉担当者は議会からまだ貿易促進権限を与えられていない。
6)食料自給率の計算は二通りあり、一人当たりの必要カロリー消費量と国産の供給関係、国産と輸入食料の総計のうちの国産の出荷額の割合である。
7)韓国も日本も零細農業で、しかも最大多数の農民は兼業農家であり、米も消費量自体が年々減少しており、輸入が増加する一途である。TPPやFTAによる関税全廃が、このような生産様式の上で生産量を増大させる道理はない。ますます日本の農業生産力を減退させる事は自明の理である。日本も韓国同様、減っている国内自給率がさらに減り続ける。
8)IMFは、他国に支援を提供する見返りにIMFの経済政策の実施を要求することができ、米国が新自由主義による他国の属国化の為の役割を果たしてきた。1997年のIMFによる韓国の経済危機時も、IMFは財政支援の見返りに四分野(金融、公的団体と私企業、労使関係、財閥)に於ける改革を要求し、結果的には外国資本(主として米国の)による金融機関の買収が進行しただけである。
9)米国はWTO交渉の現在の膠着状態から、そこにおいて参加国135カ国をも相手に自己の一方的な関税撤廃の主張を堅持するのを放棄して、二国間の(米国と属国間の)FTAに切り替えていること。WTO交渉では、米国内の補助金や農業保護政策が撤廃を迫られてしまうが、日本や韓国などの属国相手にはその危険はないからである。これが、米国がWTOの多国間交渉から、FTAのような二国間交渉に戦略を転換している理由である。本書は、それを精確に指摘している。
10)韓国は韓米FTA後の二年以内に二万戸もの韓牛生産が廃業になった。韓国では例外品目は米だけであり、農業への影響の90%以上が畜産と果樹で発生した。
11)ローンスター事件は、著者により企業はISD条項によりさらに利益を拡大しようとしたと分析される。世界銀行傘下のICSIDによる訴訟は3から4年後に判決がでる。その間の訴訟費用も莫大であり、それはISD条項による恐怖による支配と脅迫の効果を完成させる。ISD条項は株主第一の企業の論理の貫徹である。それが、政府を懲罰する権力となる。
12)禁煙運動までがISD条項により訴訟の対象となる。
13)アメリカのタバコの多国籍企業のフィリップモリスは、米国がオーストラリア、ニュージーランド、香港との間の経済連携協定(EPA)を締結しており、そのISD条項で既に香港政府を提訴した。
14)韓米FTAは、韓国の公立病院を閉鎖に追い込んだ。営利病院への全面転換を図ろうとしているが、それは社会保障精度で弱者救済の思想が甚だしく欠如した混合診療を推進する米帝によるものである。弱肉強食は民主主義ではない。
15)2013年オバマ政権は、共和党との交渉で国民皆保険制度の延期と国債発行の債務上限引き上げを交渉し同意した。米国では7,000万人もいる非保険者を切り捨てる事が、自主独立の精神に適うというのは民主主義でも人道でもない。これがアメリカンドリームの醜悪な実態である。
16)ジェネリック医薬品に関しては、韓米FTAではメーカー側は後発メーカーに対し特許許可までの審査期間の引き延ばしで特許料で儲けようとする傾向がある。ここにも誠実さなどという倫理道徳はない。
17)いわゆる遺伝子組み換え作物の食品での混入率に関して、日本は混合された遺伝子組み換え作物が5%以下、韓国が3%以下ならば許可されている。また食品に含まれる上位5品目までが、表示義務の対象である。
18)韓米FTAの毒素条項は意外と知られていない。それは、米国からの遺伝子組み換え作物の輸入に関して韓国側のリスク評価の基準が米国の要求で改悪された。それは、リスク評価に於いて食用は食用に限定した評価をし、環境への影響評価を抽象的に除外することである。これは、秘密条項であり、締結後に明らかとなった。
19)安全性の評価に関して、その覚書では米国に優先的な安全性の承認権が認められた。そして韓国の承認権は制約されるとある。
20)韓国ではサムソンの経済研究所に代表されるように、一社一村運動という、600以上の農村と姉妹関係を結んだ、反FTAの農民達への大規模な懐柔工作が行われていた。各国が自由化(=新自由主義化=属国化)を進めていないとまた世界大戦になるという詭弁がここでも見受けられる。
21)ここで紹介されるベンチャー農業大学とか、農業と他産業の結合とかフードポリス構想は、本来FTAとは別の問題の別の解決法であり、それらがFTA推進の飴、あるいはFTAの一部であるかのような並列混同させた論議は危険であることがここから分かる。
22)農業を継続することで環境を守るという考え方は、極めて重要である。
23)韓国では高齢の零細の農家が全体として増大し、農民所得も減少を続けている。2012年は都市住民の所得の57.6%に過ぎない。又韓国には最低生活費があり、一定の収入以下の家庭に政府から支給される。
24)日本の農業政策で、数量目標を守る見返りの補助金が問題視されるが、それがあるからまだ現在の状態を維持出来ているのであり、日本の米作り農家だけでも85%以上も兼業、副業農家なのだから補助金を廃止すればそれらがさらに減少していくのは自明の理である。日本は過保護ではなく、零細経営なので大規模経営の外国勢に対し保護が不十分なのである。また、零細経営の生産様式であるために、大規模化や他産業との結合は困難なのである。これに対する建設的な支援は補助金の撤廃ではない。農業の政府主導の生産様式の大規模化や多様化なしには、ただの補助金撤廃は、農業経営自体を死滅させる方向へ機能する。補助金廃止は耕作放棄地を増やすのみである。
25)耕作放棄地が、他の耕作地に虫害などの被害を及ぼす恐れがある点は意外とこれまた盲点となりやすい。
26)食糧自給率を公表している国は外国では少なく、日本は危機便乗型資本主義のために食糧自給率の低さを煽って交渉の武器にしている感がある。
27)ヨーロッパでは、国産と輸入品の差額は消費者負担型ではなく政府による包括的な直接支払いに依る農家の収入の保証がされている。
最後に著者は、日本はTPPを論ずることができる状態にも到っていないと結論付けてこう言っている。
「その[TPPの]焦点は、農産物では関税の撤廃がどうなるかである。条件無しの撤廃となれば、関係する農業者、産地は打撃をこうむる。これは確かに重大な事件だが、本来議論すべきは日本の食料への関わりだと思う。」(P.148)
本書は、TPP問題を全面的に考察する上で貴重な論点を提供してくれる書です。
評者は筆者が善意で、尚かつ利害関係から本書の日和見主義的な構成を試みているとあえて解釈し、TPPを全面的に考察する機会にする意義を肯定する。以下は、本書の幾つかの秀逸且つ政治的に意義のある貴重な論点である。
1)聖域五品目とは、日本の総輸入品目9018品目中の合計929品目を具体的に指す事。
2)日本の米の関税全廃を要求しているのは米国であり、米国はガットの初期にウェーバー品目として、自由化免除の品目が幾つかあり、それらは戦後1954年以来今も酪農製品、砂糖、落花生などの競争力のない品目を特権的に保護し、輸入制限を継続している。しかし、日本へはTPPで関税全廃を要求しており明らかに不平等であり、自己中帝国主義である。
3)CIAの傀儡政党である自民党の公約とJファイルの性格の違い。建前である公約では国益の為と称して尚かつ抽象的に言い逃れできるようにし、Jファイルでは具体的に規定しておくという不誠実さへの指摘。
4)日本にとって最大の国益はTPPではなく、食料の安定供給という正論。
5)TPPでは、米国政府交渉担当者は議会からまだ貿易促進権限を与えられていない。
6)食料自給率の計算は二通りあり、一人当たりの必要カロリー消費量と国産の供給関係、国産と輸入食料の総計のうちの国産の出荷額の割合である。
7)韓国も日本も零細農業で、しかも最大多数の農民は兼業農家であり、米も消費量自体が年々減少しており、輸入が増加する一途である。TPPやFTAによる関税全廃が、このような生産様式の上で生産量を増大させる道理はない。ますます日本の農業生産力を減退させる事は自明の理である。日本も韓国同様、減っている国内自給率がさらに減り続ける。
8)IMFは、他国に支援を提供する見返りにIMFの経済政策の実施を要求することができ、米国が新自由主義による他国の属国化の為の役割を果たしてきた。1997年のIMFによる韓国の経済危機時も、IMFは財政支援の見返りに四分野(金融、公的団体と私企業、労使関係、財閥)に於ける改革を要求し、結果的には外国資本(主として米国の)による金融機関の買収が進行しただけである。
9)米国はWTO交渉の現在の膠着状態から、そこにおいて参加国135カ国をも相手に自己の一方的な関税撤廃の主張を堅持するのを放棄して、二国間の(米国と属国間の)FTAに切り替えていること。WTO交渉では、米国内の補助金や農業保護政策が撤廃を迫られてしまうが、日本や韓国などの属国相手にはその危険はないからである。これが、米国がWTOの多国間交渉から、FTAのような二国間交渉に戦略を転換している理由である。本書は、それを精確に指摘している。
10)韓国は韓米FTA後の二年以内に二万戸もの韓牛生産が廃業になった。韓国では例外品目は米だけであり、農業への影響の90%以上が畜産と果樹で発生した。
11)ローンスター事件は、著者により企業はISD条項によりさらに利益を拡大しようとしたと分析される。世界銀行傘下のICSIDによる訴訟は3から4年後に判決がでる。その間の訴訟費用も莫大であり、それはISD条項による恐怖による支配と脅迫の効果を完成させる。ISD条項は株主第一の企業の論理の貫徹である。それが、政府を懲罰する権力となる。
12)禁煙運動までがISD条項により訴訟の対象となる。
13)アメリカのタバコの多国籍企業のフィリップモリスは、米国がオーストラリア、ニュージーランド、香港との間の経済連携協定(EPA)を締結しており、そのISD条項で既に香港政府を提訴した。
14)韓米FTAは、韓国の公立病院を閉鎖に追い込んだ。営利病院への全面転換を図ろうとしているが、それは社会保障精度で弱者救済の思想が甚だしく欠如した混合診療を推進する米帝によるものである。弱肉強食は民主主義ではない。
15)2013年オバマ政権は、共和党との交渉で国民皆保険制度の延期と国債発行の債務上限引き上げを交渉し同意した。米国では7,000万人もいる非保険者を切り捨てる事が、自主独立の精神に適うというのは民主主義でも人道でもない。これがアメリカンドリームの醜悪な実態である。
16)ジェネリック医薬品に関しては、韓米FTAではメーカー側は後発メーカーに対し特許許可までの審査期間の引き延ばしで特許料で儲けようとする傾向がある。ここにも誠実さなどという倫理道徳はない。
17)いわゆる遺伝子組み換え作物の食品での混入率に関して、日本は混合された遺伝子組み換え作物が5%以下、韓国が3%以下ならば許可されている。また食品に含まれる上位5品目までが、表示義務の対象である。
18)韓米FTAの毒素条項は意外と知られていない。それは、米国からの遺伝子組み換え作物の輸入に関して韓国側のリスク評価の基準が米国の要求で改悪された。それは、リスク評価に於いて食用は食用に限定した評価をし、環境への影響評価を抽象的に除外することである。これは、秘密条項であり、締結後に明らかとなった。
19)安全性の評価に関して、その覚書では米国に優先的な安全性の承認権が認められた。そして韓国の承認権は制約されるとある。
20)韓国ではサムソンの経済研究所に代表されるように、一社一村運動という、600以上の農村と姉妹関係を結んだ、反FTAの農民達への大規模な懐柔工作が行われていた。各国が自由化(=新自由主義化=属国化)を進めていないとまた世界大戦になるという詭弁がここでも見受けられる。
21)ここで紹介されるベンチャー農業大学とか、農業と他産業の結合とかフードポリス構想は、本来FTAとは別の問題の別の解決法であり、それらがFTA推進の飴、あるいはFTAの一部であるかのような並列混同させた論議は危険であることがここから分かる。
22)農業を継続することで環境を守るという考え方は、極めて重要である。
23)韓国では高齢の零細の農家が全体として増大し、農民所得も減少を続けている。2012年は都市住民の所得の57.6%に過ぎない。又韓国には最低生活費があり、一定の収入以下の家庭に政府から支給される。
24)日本の農業政策で、数量目標を守る見返りの補助金が問題視されるが、それがあるからまだ現在の状態を維持出来ているのであり、日本の米作り農家だけでも85%以上も兼業、副業農家なのだから補助金を廃止すればそれらがさらに減少していくのは自明の理である。日本は過保護ではなく、零細経営なので大規模経営の外国勢に対し保護が不十分なのである。また、零細経営の生産様式であるために、大規模化や他産業との結合は困難なのである。これに対する建設的な支援は補助金の撤廃ではない。農業の政府主導の生産様式の大規模化や多様化なしには、ただの補助金撤廃は、農業経営自体を死滅させる方向へ機能する。補助金廃止は耕作放棄地を増やすのみである。
25)耕作放棄地が、他の耕作地に虫害などの被害を及ぼす恐れがある点は意外とこれまた盲点となりやすい。
26)食糧自給率を公表している国は外国では少なく、日本は危機便乗型資本主義のために食糧自給率の低さを煽って交渉の武器にしている感がある。
27)ヨーロッパでは、国産と輸入品の差額は消費者負担型ではなく政府による包括的な直接支払いに依る農家の収入の保証がされている。
最後に著者は、日本はTPPを論ずることができる状態にも到っていないと結論付けてこう言っている。
「その[TPPの]焦点は、農産物では関税の撤廃がどうなるかである。条件無しの撤廃となれば、関係する農業者、産地は打撃をこうむる。これは確かに重大な事件だが、本来議論すべきは日本の食料への関わりだと思う。」(P.148)
本書は、TPP問題を全面的に考察する上で貴重な論点を提供してくれる書です。
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